【ボスニア・ヘルツェゴビナ】世界遺産の町・モスタルに残るボスニア紛争の傷跡

【ボスニア・ヘルツェゴビナ】世界遺産の町・モスタルに残るボスニア紛争の傷跡

こんにちは。タナカです。

 

リアルタイムはモンテネグロブドゥバです。

モンテネグロは物価が少し高くてちょっと大変です。

ちなみに東欧で物価が安いのはウクライナとボスニア・ヘルツェゴビナ、

物価が高いのはクロアチアとハンガリーでした。

ポーランド、スロバキア、モンテネグロはちょうどその間くらいです。

 

本日のブログは

世界遺産の町・モスタルの観光です。

風光明媚で大変素敵な町を楽しむ一方、

未だ残るボスニア紛争に傷跡に心が痛みました。

よろしければお付き合いください!

 

2018.7.3 ボスニア・ヘルツェゴビナ 1兌換マルカ(BAM)≒63~68円

世界遺産:モスタル旧市街の古い橋の地区

本日はモスタルを観光します。

写真はモスタルの中心を流れるネレトバ川です。

写真ではわかり辛いですが、鮮やかな青色をした美しい川です。

ただかなりの激流なので泳ぐのは無理そうです。

 

そして暑い

雨が降っていたビハチやヤイツェでは

日中でもせいぜい20℃くらいまでしか上がらなかったのに、

晴れた瞬間30℃超えです。気温差が半端ない。

 

モスタルの目抜き通りです。観光の中心。

大きな町ではないので、観光スポットはこの通り沿いに集まっています。

 

そして見えてきたのがスターリモスト橋です。

 

このあたり一帯は、

モスタル旧市街の古い橋の地区

として世界遺産に登録されていまして、

その古い橋っていうのがこのスターリモスト橋のことです。

 

中央に向かってせり上がっているのが特徴的。

実際に渡ってみると結構な傾斜で、

しかも素材が滑る石なので、年配の方は大変そうでした。

 

橋の上からの景色。

ミナレットが目立つモスクが見えるあたりが、

何ともボスニア・ヘルツェゴビナらしくて良いですね。

そして川は青く美しく、遠くに壮大な山も見え、

風光明媚という言葉がぴったりな光景です。

 

こちらは下流方面。

浅瀬のあたりに着目していただければ、

この川の美しさがおわかりいただけるかと。

 

ビハチやヤイツェの川も

晴れていれば負けず劣らず美しかったのでしょうが、

残念ながら雨で消化不良だったので、

モスタルではお天気に恵まれて良かったです。

 

ちなみにこの古い橋は高さが20mくらいありまして、

その高さを利用して毎年飛び込み大会が行われているそう。

20mの高さからの飛び込みって下手したら死にますからね。

そんなクレイジーなイベントなので

この町の名物の1つになっているらしく、

町の至るところで飛び込みの映像や写真が見られました。

 

そして橋を渡り切ったところで振り返ると、

ビキニ姿のおじさんが今まさに飛び込もうとしているではありませんか。

 

こりゃ良い写真が撮れそうだと思い、

カメラを構えて今か今かと待ちます。

 

見物客の期待の目を前にして、

おじさんは飛び込み前の精神統一をしたり、

手拍子を煽って自分を鼓舞したりしています。

 

そしてお金を集め始めました。

 

なんか残念な気持ち。

 

いや、1マルカくらいなら入れても良かったのですが、

手元に5マルカ硬貨しかなかったのでそそくさと逃げました。

 

あと飛び込んでから集めた方が良いと思うんですけどね。

 

で、逃げた先は先ほど橋の上から見ていた河原なのですが、

ここで見ていてもおじさんは一向に飛び込む気配が無く、

結局待ち疲れて飛び込む姿を見る前に立ち去ってしまいました。

あのおじさんは最終的に飛び込んだのでしょうか。

何となく飛び込んでいないような気がします。なんとなく。

 

橋を渡った先の通りは人でごった返していました。

人混み嫌いの私にはそりゃもう地獄のような空間でした。

 

ボスニア・ヘルツェゴビナ自体は

そこまで観光客が多い国ではないのですが、

ここモスタルはドゥブロヴニクから近いこともあり

他の都市とは比較にならないくらい人が多かったです。

一昨日のサラエボなんて10人ドミに私1人だけでしたからね。

 

本日はボスニア・ヘルツェゴビナ最終日なので、

余ったマルカで久しぶりに外食をしたいと思います。

レストランで食事をするのなんていつ振りでしょうか。ポーランド振り?

 

入ったレストランは写真のTima-Irmaというお店。

無難にトリップアドバイザー上位のレストランを選びました。

 

まずはビール。モスタルのローカルビールが3マルカ。

ライトな飲み口で暑い日の昼間にぴったりのお味でした。

 

そしてこれが、Pljeskavicaという料理。読み方はわからんです。

牛肉と仔牛肉のミンチを固めて焼いたものに、野菜やパンが付いたもの。

ハンバーグより歯ごたえがありますが、もちろんステーキとは違う感じ。

しっかりスパイスが効いていて、恐らくトルコ料理の流れを受けているかと。

 

お値段は8マルカで、1人では食べきれない量であることを考えるとお得。

少食の私もかなり頑張って食べてみましたが、完食はなりませんでした。

 

食事のあとは再び散策。

下流方面から見たスターリモスト橋です。良い景色。

 

赤屋根の連なる町並みと川沿いの緑が素敵ですね。

 

ただ、あまりの暑さに日中の観光はこれにて終了。

一度宿に戻って休憩することにしました。

世界遺産の町に残るボスニア紛争の傷跡

日が傾いてきたので再び出かけます。とはいっても暑い。

 

こちらは日が長くて9時過ぎても明るいので、

日本でいう夕方くらいの時間はまだまだ明るくて暑いです。

 

駅などがある川の東岸地区から

橋を渡って西岸地区に渡ってすぐの場所にあるSniper Towerです。

その名の通りボスニア紛争で実際に使われていた建物。いまは廃墟です。

 

内部はもちろん立ち入り禁止となっていますが、

外から除くと落書きがたくさんされていました。地元の悪ガキですかね。

 

壁には銃弾の跡が生々しく残り、

ここで実際に戦闘があったことを物語っています。

 

10階建てくらいですかね。

元は何の建物だったのでしょうか。

日本の感覚でいうと立体駐車場に見えるのですが、

この国にそんなものが必要とは思えませんし。

ネットで見れる内部の画像を見てもサッパリです。

 

ただこのビルがこの周囲で最も高い建築物であるため、

絶好の狙撃ポイントになっていたことは想像に難くありません。

だからGoogle Mapの登録もSniper Towerになっているんですね。

 

このSniper Towerがある交差点には

他にも紛争で廃墟になったと思われる建物が複数あり、

紛争の傷跡を生々しく感じることができました。

 

観光客でごった返すスターリモスト橋から徒歩10分ほど。

もちろんあのあたりでも戦闘が行われたものの、

橋は再建されたものですし、観光エリアなので紛争の跡はほとんど見られません。

でも少し歩くとこんな感じ。未だ放置された建物がたくさんあります。

 

新しい家と放置された廃墟。

廃墟には木が生い茂っており、時間の流れを感じます。

紛争が終わったのが23年前。

“まだ”23年前だと思うのか、”もう”23年前だと思うのか、

いずれにせよ二度とこの国で戦闘が起こらないことを祈るばかりです。

 

民家の壁に残る銃弾の跡。

 

本日はここまで。それでは。