【カンボジア/Cambodia】プノンペンのキリングフィールド。美しい場所での悲惨な過去。

【カンボジア/Cambodia】プノンペンのキリングフィールド。美しい場所での悲惨な過去。

こんにちは。タナカです。

 

リアルタイムは引き続き

カンボジアシェムリアップです。

シェムリアップの街や人々は大変おだやかで居心地が良く、

ベトナム南部やプノンペンを旅して失っていた心を取り戻しました!

とはいっても、あんまりのんびりしている暇もないので、

さっさと遺跡を観光してバイクを売りたいと思います。

 

 

本日のブログは

プノンペンで有名なキリングフィールドを訪れた日のお話。

1975年4月17日、

クメール・ルージュのプノンペン占領により始まった民主カンプチア政権。

その政権下では、

今回訪れたチュンエクのキリングフィールドをはじめとした国内各地で

カンボジア人によるカンボジア人の大量虐殺が行われました。

その現場を訪れて、何を感じたのでしょうか。よろしければお付き合いください。

 

2018.2.5 カンボジア/Cambodia 1アメリカドル(USD)≒4000カンボジアリエル(KHR)≒109~110円

朝のプノンペンを散歩する

前日、国境で知り合った日本人のおじさんに

深夜まで連れまわされてしまった私は、

普段より遅めの9時頃に起床しました。

 

朝食を取りがてら宿の近くを散歩することに。

 

プノンペンは朝から騒がしく、

宿の前ではトゥクトゥクドライバーが待ち伏せをしています。

そんな彼らを華麗に交わしてやってきたのが

 

オルセーマーケットです。

 

中はこんな感じで、

観光客はほとんどおらず、地元の人が多かったです。

取り扱ってないものは無さそうな感じですが、

全体的に汚く、ここで食品を買う気にはなれませんでした。

 

宿の近くの食堂でご飯とおかず。これで1.25USD。質素。

いざ観光・・・に出発できない

昨晩少し考えて決めたことなのですが、

かなり駆け足ではあるものの、翌朝に出発してシェムリアップへ向かうことに。

 

理由としては、

  • プノンペンの街の雰囲気が合わない(夜暗い・くさい・汚い)
  • プノンペン周辺に行きたいスポットが特にない
  • バイクでの長距離移動を早く終わらせたい

などなど。

 

そうと決まれば

今日1日で行くべき場所には行かなければなりません。

 

実は前日の夜に

国境で出会った日本人のおじさん(以下、A氏)と

昼食を一緒に取る約束をしていたのですが、

上記の通り午前中から出かけることになったので、

LINEでメッセージを送ってキャンセルさせてもらいました。

 

支度を済ませて、颯爽とバイクにまたがります。

いつも通りエンジンをかけようとするとセルが回らない。

 

そう、バッテリー切れです。

 

元からバッテリー弱ってたんですよね。薄々気が付いてはいました。

 

カブなのでキックでエンジンをかけることもできますが、

毎回面倒だし、シェムリアップで売るときには直さないといけないし・・・。

 

ってことで、

宿のスタッフに歩いてすぐのバイクショップを紹介してもらいました。

 

歩いて30秒のバイクショップに持っていくと、

5人くらいのカンボジア人がバイクを取り囲んで診断を始めます。

 

少しして、

バッテリーが死んでるから交換しないとダメだよ(英語が全く通じないので想像)

とのこと。

 

“いくら?”と聞くと12.5USDを提示されたので作業してもらうことに。

 

これが妥当な価格かわからないけど、

カンボジアは人件費が安いだけでものの値段はそんなに安くないので、

多分ぼったくってはないです。痛い出費だなあ。

 

使いっ走りの男の子がどこかに新しいバッテリーを買いにいってくれて、

ものの20分ほどで修理が完了し、バッテリーが新しくなりました。

 

支払いを済ませ、

観光へ出かけるべくバイクで走り出しますが、

走り出して1分で、今度はアクセルが空回りしてしまい、走行不可能に。

 

ワイヤー切れたかな・・・

 

そう思って、バイクを押して先ほどのバイクショップへ戻ります。

 

アクセル周りが見る見るうちに分解され、

 

どうやらこの部品が欠けてしまったのが原因のようです。

ワイヤーじゃなくて良かったと一安心。

 

これまた使い走りの男の子が部品を買いに行ってくれて、

ものの15分ほどで修理完了。料金は1.25USDでした。安いなおい。

 

1時間に2回もバイクショップに行く不幸に見舞われながらも、

ようやく観光へ出発することができました。

 

目的地はプノンペンの街から少し離れた、

チュンエクキリングフィールドです。

 

そこへ向かうべくバイクで走り出しますが、

プノンペンの街中はホーチミンに勝るとも劣らないカオス

 

その最たる原因はトゥクトゥク

車やバイクより圧倒的に遅く、その割に幅があるトゥクトゥクが道路を塞ぎ、

バイクは歩道を走り、車は自由に車線変更をし、と正にカオス。

 

空いていれば15分ほどで到着する距離を

45分ほどかけて死にもの狂いで走行しました。

チュンエクのキリングフィールド

キリングフィールドへ到着した私は、

バイクを停めて早速入場します。駐車料金は1000KHRでした。

 

ここが入場ゲートです。

場所が場所だけに、少し気合いを入れて入場します。

 

入口横のチケットブースで入場料を支払います。

料金は6USDで、入場料3USD+音声ガイド3USDらしいですが、

音声ガイドを外して3USDで入場できるのかは知りません。

 

チケットと日本語ガイド。

 

音声ガイドを借ります。もちろん日本語です。

これを受け取るとき、係員のおじさんが日本語で話しかけてくれました。

 

こんな感じの立て看板がある場所で

対応する音声ガイドを流すと、解説を聞くことができます。

 

この場所で何があったかは

ネットで調べればすぐにわかることなので、ここでは省かせていただきます。

 

しかしながら、

そんな悲惨な過去があったとは思えないくらいこの場所は美しく、

 

とても心地よい風が流れていました。

 

音声ガイドのクオリティは非常に高く、

日本人の男性の声でゆっくりと丁寧に説明を聞くことができ、

全部聞くとトータル2時間くらいのボリュームがあります。

 

音声ガイドには実際のカンボジア人の証言も含まれており、

(最初にオリジナル音声が流れたあと、吹替が流れる。)

当時の生々しい惨状が伝わってきました。

 

たったの40年前に、

この場所でそんな凄惨な出来事があったなんて、

とても信じがたいことです。

 

時間に余裕があったので、

音声ガイドのすべてのトラックを聞くことができました。

 

見学ルートの最後にある慰霊塔です。

 

※以下、遺骨の写真が出てきますので、苦手な方は飛ばしてください。

 

 

 

 

中には被害者の遺骨が分類別に保管されています。

数ある慰霊塔の中でも、この慰霊塔だけは撮影が許可されているようです。

頭蓋骨の陥没状況によって、どのように殺されたかがわかるようです。

 

 

 

 

 

入口近くには資料館もあり、

拷問に使用された道具や、当時の映像を見ることができました。

 

 

この美しい場所で過去に起こった悲惨な出来事。

今までアンコールワットくらいしか知らなかった

カンボジアについて、少し深く学ぶことができたと思います。

 

ここを訪れて本当に良かったです。

プノンペン街歩き

キリングフィールドを後にし、

カオス渦巻くプノンペンの街中を走行して

宿に帰り着いた私は、今度は徒歩で観光に出かけます。

 

独立記念碑や、

 

メコン川沿いを歩いたりしてみます。

 

水は汚いですが、風は気持ちよかったです。

 

クルーズ船ですかね?それにしてもボロい・・・。

 

これは王宮。

 

途中、0.5USDのビールで水分補給。

 

数時間歩き回ってみましたが、

特に歩いていて楽しい街ではなく、

改めて明日の朝この街を離れる判断は正解だったと思いました。

こういうのは何か違う

宿に戻って少し休憩し、

A氏に観光から戻った旨を連絡すると、

 

晩ごはんを一緒に食べましょう。19時過ぎに出発で。

 

との返信。

 

元々乗り気ではなかったのですが、

プノンペンを離れるまでは邪険にはできないと思い、

19時過ぎにA氏が宿泊している宿のロビーへ行きます。

 

LINEを送って待ちますが、

15分待ってもA氏は出てきません。

 

待たされるのが嫌いな私は、元々乗り気でないこともありイライラ。

 

少しして売春婦と思しき女性が私の前を通り過ぎます。

そこから更に10分ほど経ってA氏が登場。

 

いや、ちょっと取り込んでて。

 

って

 

お前かよ。

 

正直ね、

“69歳にもなって何してんだ”って話です。

 

その後食事に出かけますが、

A氏の言動がいちいち気に障り、

この日の夜は全く楽しくなく、

早く帰りたい一心で付き合ってました。

 

もうね、気になったことをいちいち書いても

仕方ないのでここには書きませんが、一言だけ。

 

女とか金とかハッキリ言ってどうでも良いし、

観光客には観光客としてのマナーがあると思います。

 

またA氏は東南アジアに大変詳しく、

シェムリアップでの宿についても紹介してもらいましたが、

書いてもらったメモは宿に帰ってすぐにゴミ箱へ。

LINEのトークも削除して、一切の縁を切りました。

 

もう二度と会うことは無いだろうしこれで良かったと思います。

その日はモヤモヤしながら眠りにつきました。

 

 

本日はここまで。それでは。